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社長ブログ 2009年9月アーカイブ
神戸市立鵯越墓園の歴史①
鵯越とは、攝津の国(福原や兵庫方面)から藍那を経て、
播磨の国、三木方面へ出る古道の呼び名です。
昭和6年から兵庫区御崎町、吉田町の墓地を移転するために、
源義経の鵯越の戦跡として親しみを持たれている土地(当時の湊西区)に
鵯越共葬墓地として昭和 7年3月に創設され、
昭和21年に湊西区から神戸市に引き継ぎました。
面積6.6haで、墓地の頂上には
昭和7年12月に開眼式をおこなった大仏(高さ 38尺:12.54m、鉄筋コンクリート製)と
鐘楼(高さ33尺、10m)があり、現在の鵯越墓園旧墓地です。
~つづく~
(第一石材) 2009年9月10日 09:00 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
神戸市立墓園の沿革 「神戸市営墓地の歴史について」④
鵯越墓園(北区)、舞子墓園(垂水区)、追谷墓地(中央区)、
西神墓園(西区)、魚崎墓地(東灘区)、小林墓地(同)、
荒神山墓地(同)、垂水墓地(垂水区)の8箇所があります。
これ以外に条例に規定されていないものの
町村が神戸市に合併されましたことにより
底地が神戸市になった『引継ぎ墓地』としては、
鬼塚墓地(東灘区)、西平野墓地(同)、篭池墓地(中央区)、
有馬墓地(北区)、布施畑墓地(西区)、長尾墓地(北区、23箇所)、
西二郎共同墓苑(同)があります。
~おわり~
※神戸市施設情報より
(第一石材) 2009年9月 9日 15:49 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
神戸市立墓園の沿革 「神戸市営墓地の歴史について」③
舞子墓園が開設され、昭和34年10月には納骨堂を設置しました。
昭和38年からは、背山総合開発並びに都市計画事業の一環として、
神戸市北区山田町高尾山付近に
自然公園的な近代墓地を建設するために
鵯越墓園に着工し、現在も整備をおこなっています。
また、地域開発による人口増が予想される西神地域において、
昭和58年には西神墓園に着工し、平成2年4月に開設しました。
墓地の移転としては、昭和38年度の須磨墓地に続き、
昭和38~41年度に春日野墓地(約5,200基)からの移転、
昭和42~46年度に夢野墓地(約 13,800基)からの移転をおこない、
各々の墓地を廃止して無事完了しました。
現在その跡地には高層住宅等が建設され、都市環境の整備に寄与しています。
~つづく~
※神戸市施設情報より
(第一石材) 2009年9月 7日 13:13 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
神戸市立墓園の沿革 「神戸市営墓地の歴史について」②
町村営墓地も次々に神戸市に編入されました。
大正9年須磨町合併により須磨墓地を、
昭和16年7月垂水町合併により垂水墓地を、
昭和25年御影町、住吉村、魚崎町、本山村、本庄村の合併により
小林墓地、荒神山墓地、魚崎墓地をそれぞれ引き継ぎました。
また公園墓地としてその存在を知られていた
鵯越共葬墓地(現在の鵯越墓園旧墓地)は昭和21年に湊西区から、
追谷共葬墓地は昭和23年に神戸区から区有財産整理によって引き継ぎました。
~つづく~
※神戸市施設情報より
(第一石材) 2009年9月 6日 10:58 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
神戸市立墓園の沿革 「神戸市営墓地の歴史について」①
深遠な歴史とともに発達してきたものと言えます。
日本では、江戸時代あるいはそれ以前にも
各地の山野に無規律に存在していました。
さきに徳川幕府がキリスト教と対抗する掟をもって、
いずれかの寺院の檀家になることを強制したので、
仏教はようやく庶民のうちにも普及し、
寺院も檀家が増加するにいたり、
はじめて社会的施設というべき檀家の供用する寺院墓地の発祥となり、
この発達を促したことは見逃せません。
明治22年4月、神戸市は神戸区、葺合村、荒田村を市域として
人口約13.5万人でスタートしました。
当初、神戸市の市営墓地は、
明治32年に創設されました春日野墓地と夢野墓地の2箇所でした。
~つづく~
※神戸市施設情報より
(第一石材) 2009年9月 5日 17:08 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
石の誕生から、墓石になる石 「安山岩」
安山岩は、閃緑岩と同じ成分を持っていますが、マグマが、地表や地表にごく近い場所で短時間に冷えて固まった火山岩ですから、
深成岩である閃緑岩とは一線を画しています。
日本のほとんどの山で採れる石で、
霊峰と呼ばれる富士山も安山岩で形成されています。
建物の内外装や貼石として建築材に広く利用されている長野県産の「鉄平石」や、
神奈川県で採掘される、関東の高級墓石材「本小松石」も安山岩の一つです。
(第一石材) 2009年9月 4日 14:50 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
石の誕生から、墓石になる石 「閃緑岩」
花崗岩と斑レイ岩の中間的な石とされている深成岩の一つです。
日本では花崗岩に次いで広く採掘される石で、
墓石に使用されるものでは、
岡山県小田郡矢掛町の「備中青御影」とも呼ばれる
深みのある青色が特長の矢掛石(やかげいし)などが有名です。
含まれる鉱物の量によっては「閃長岩」と呼ばれますが、
こちらは日本での産地が限られている上にほとんど産出されません。
(第一石材) 2009年9月 3日 16:53 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
テレビ出演いたします!
9月13日(日)12:30~放送のサンテレビジョン特別番組『現代お墓事情』に出演させていただくことになりました。
最近のご先祖の供養について、お墓、納骨堂、またそれ以外の新しいお祀りの仕方を紹介する番組です。
当社の墓石ショールームで撮影、取材をしていただいたのですが、視聴者の方に
うまく伝えることができているか、楽しみでもあり、少々不安でもあります。
よろしければ、ぜひご覧になって下さい。
(第一石材) 2009年9月 2日 14:47 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
石の誕生から、墓石になる石 「斑レイ岩」
斑レイ岩は花崗岩と同じく、地下深くでマグマがゆっくりと冷却してできた深成石です。
一つ一つの鉱物の結晶が肉眼で確認できますが、風化しやすい鉱物が含まれていますので、それによる凹凸が多く見られます。
墓石として使用される際は、
組織が花崗岩と同じ黒系の石ということで「黒御影」と呼ばれています。
日本で採れるものとしては、
福島県産の「浮金石」などが有名ですが、
日本では斑レイ岩の産出は少ないこともあって高級品とされています。
外国産では、現在墓石に使用される黒御影の中で、
世界で最も評価の高い最高級品、スウェーデン産の「ファイングレー」や、
インド産黒御影の最高峰「クンナム」から、
最もポピュラーな黒御影石、中国/山西省産の「山西黒」などがあります。
(第一石材) 2009年9月 1日 16:24 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
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