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社長ブログ 2009年12月アーカイブ

宗教豆知識『仏教』⑫浄土真宗の歴史

【浄土真宗の歴史】

浄土真宗は親鸞によって開かれました。
9才の時、比叡山に天台宗の一僧侶として出家した親鸞は、
29歳の時に山を下り、聖徳太子の啓示を受け、
法然を訪れてその弟子となります。

法然と出会うことで念仏に触れた親鸞は、
かれを生涯の師と定め、一路念仏の道に突き進みます。

しかし、既成仏教の弾圧により、
法然は土佐に流されてしまい、
親鸞も越後に藤井善信の名で流されて還俗させられます。

流罪後まもなく恵信尼と結婚をして子供ももうけますが、
自らを愚禿と呼び、非僧非俗の自由な立場で仏道を歩みます。

やがて法然は許されて京都に戻りますが、
親鸞は越後に残り、二人が再び会うことはありませんでした。

親鸞は、師がいなくなった京都に戻ることなく、
新天地の関東に向かい、常陸を中心に念仏の教えを広めます。

こうして弟子たちも育成されてゆき、
浄土真宗の本典である『教行信証』が著されます。

60歳の頃に再び京都へ戻り、
精力的に数多くの著作を完成させ、
親鸞聖人は90歳でその生涯を閉じました。

親鸞没後、京都に廟堂が建立され、
これが後に本願寺となり、教団名ともなります。

8代蓮如の時に本願寺は大きく発展しますが、
秀吉の時代に現在の西本願寺の地に移り、
また、家康の時代に大谷派本願寺(東本願寺)ができ、
ここに東西本願寺が両立することになったのです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑪浄土宗の教え

【浄土宗の教え】

浄土宗の本尊は阿弥陀仏で、経典としては
無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経があり、
通常これらを浄土三部経と呼んで重んじています。

阿弥陀仏は数々の仏の中で、
平凡な人々をどのように救えるかを真剣に考えた仏です。

仏(如来)となるにあたって48の誓願をたてたとされていますが、
その18番目で、私の浄土への往生を願い、
心から念仏を唱える者を、必ず救済すると誓っています。

こうした阿弥陀仏に象徴されるように、
浄土宗の根本の定義は、
我欲にとらわれた凡夫であることを反省し、
口に「南無阿弥陀仏」と唱えれば、
誰でも仏の救いにあずかり、
現世で平和で心豊かな生活をおくれるばかりではなく、
未来も極楽浄土へ往生できるという教えです。

念仏を唱えれば、善人は善人として往生し、
悪人も悪人ながら往生するという平等救済の考えから、
我々はみな凡人であって、
凡人もみな浄土へ往生できると説かれているのです。

法然は80歳で往生する2日前、
一枚の紙に最後の教えをしたためました。

念仏の肝要な教えを記したその『一枚起請文』では、
ただ極楽浄土への往生を願い、
ひたすら念仏を唱えることの大切さが説かれています。

これを「専修念仏」といいますが、
そこで求められているのは、
信仰上の様々な心得や唱える念仏の回数ではなく、
阿弥陀仏の救いを求める切実な思いなのです。

こうした法然の教えは弟子たちに受け継がれるのですが、
親鸞の浄土真宗もそのひとつです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑩浄土宗の歴史

【浄土宗の歴史】

浄土宗を開いた法然の存在意義は確かに大きなものですが、
そこに至るまでは他宗派にも増して、様々な僧が関わっています。

まず、インドの経典を中国語に訳す上で功績のあった鳩摩羅什、
同じ頃に無量寿経や観無量寿経などを通じて浄土教の基礎を築いた曇鸞、
これに続いて浄土信仰を深めた道綽、
そして、その弟子で浄土教を大成させた善導らがいました。

これらの高僧がいなければ、今日の日本に
浄土教(阿弥陀仏の浄土の教え)は伝わらなかったでしょう。

浄土教は、聖徳太子や聖武天皇、あるいは最澄らによって、
古くから日本にもたらされてはいました。

また10世紀に活躍した空也や源信により、
浄土の教えは注目を浴びもしました。

しかしながら、それらは貴族趣味的なものに止まり、
庶民の苦しみを救うものとなるためには、
法然の出現を待たなくてはなりませんでした。

法然は13歳にして比叡山延暦寺に入り、天台宗の教えを受けます。

やがて源信の『往生要集』や善導の『感無量寿経疏』を読み、
誰もが容易に救われると説く念仏の教えの正しさを確信し、
さらに善導大師の夢告もあり、
山を下りて念仏の教えを広めることになります。

その後、既成仏教より弾圧を受けるなどもしましたが、
浄土宗は急速な広まりをみせ、
法然は『一枚起請文』を最後の教えとして、80歳で入寂しました。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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墓石の選定において耐震性能が大きなポイント!(神戸市西区/水口様)

ansin.chirashi.jpgのサムネール画像阪神・淡路大震災の被害を受けた両親の墓を、昨年12月に神戸市の鵯越墓園において建立することができた。

現在、日本は地震の活動期入っていると言われており、耐震設計などに係わっている仕事柄、墓石の選定において耐震性能がひとつの大きなポイントであった。

 

そのため第一石材さんでは、
いち早くから独自の免震対策を取り入れられていたため、
私の意向に合致しておりました。

また、施工後にシーリング材の欠落箇所を指摘させて頂いたところ、
早急に対応して頂いた。

その結果、開眼法要も無事終えることが出来たことに感謝しており、
両親も喜んでおります。

平成21年12月20日 水口和彦様より

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宗教豆知識『仏教』⑨曹洞宗の教え

【曹洞宗の教え】

臨済宗と同じ禅宗であり、座り方は同じであっても、
臨済宗と曹洞宗では座禅の心構えが少し違います。

臨済宗の禅は、全身全霊で公案と自分とが一体となるように
努力することが求められますが(公案工夫)、
曹洞宗では「只管打座」、
すなわちただひたすら座禅することのみが修行であり、
焼香・礼拝・読経などは必要とされていません。

このように座禅のみの座禅が只管打禅ですが、
種々の思慮を絶って昼も夜もただひたすら座ることで、
心身の統一、安定、調和が図れるとし、
こうした身心脱落によってかえって宇宙の姿、
すなわち「即心是仏」が得られるとしています。

煩悩に汚れていない心、その心はすべての存在であり、
すべての存在はその心であり、自己と宇宙とが一体となった状態、
それが即心是仏なのです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑧曹洞宗の歴史

【曹洞宗の歴史】

広義の禅宗とは、座禅を行うことによって
仏の悟りの境地を実現しようとする教派のことです。

臨済宗と曹洞宗がその代表ですが、
正確に言えば「禅宗」という宗派が存在する訳ではありません。

6世紀前半に達磨が中国に伝え、
中国および日本の禅宗の始祖となりました。

栄西に師事した道元は臨済宗の禅宗を学びましたが、
23才の時に入宋して如浄禅師に会い、
印可を得て帰国した後、
興聖寺や永平寺などをはじめとする
禅の道場としての寺院を建立しました。

また、仏法における座禅の位置付けを説き明かした
『正法眼蔵』などの膨大な著作をまとめるなど、布教伝道に務めたのです。

道元亡き後の曹洞宗は一時混乱の様相を呈しますが、
瑩山がその収拾にあたり、曹洞宗の教えの
さらなる大成と幅広い布教に務めました。

そのため、道元を高祖、瑩山を太祖と呼び、
合わせて両祖大師と呼んでいます。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑦臨済宗

【臨済宗の歴史】

広義の禅宗とは、座禅を行うことによって
仏の悟りの境地を実現しようとする教派のことです。

臨済宗と曹洞宗がその代表ですが、
正確に言えば「禅宗」という宗派が存在する訳ではありません。

6世紀前半に達磨が中国に伝え、
中国および日本の禅宗の始祖となりました。

日本に禅宗が伝来したのは鎌倉時代のことです。
天台宗を学んでいた栄西は、
宋に渡った際に禅と出会い、
日本に帰朝後、九州に報恩寺や聖福寺を開きました。

現在では14の本山を持ち、臨済宗14派と呼ばれますが、
これらは法系の上では一筋に帰するものであり、
対立的な意味はありません。

【臨済宗の教え】

臨済宗では、寺院建立の際の様々な縁に応じて、
釈尊をはじめ、阿弥陀如来、薬師如来、観世音菩薩などが
本尊としてまつられていますが、
座禅を行うことが仏の悟りに通じるという考え方から、
本尊は一定していません。

仏心を持って宗とし、無門をもって法門としているため、
本尊にも経典にも制約がないということが、
逆に臨済宗の大きな特色になっています。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑥真言宗の教え

【真言宗の教え】

密教を天台の教えのひとつとした最澄と、
密教こそが唯一絶対の教えとした空海とでは、
密教のとらえ方が異なっており、
天台宗の密教を台密、
京都の東寺を中心に展開した真言宗を
東密と呼んで区別しています。

真言宗の教えの大きな特色は、
「この身、このまま、この世において成仏する。成仏している」
すなわち「即身成仏」を説くところにあり、
成仏とは仏(大日如来)と一体になることとされています。

仏教で仏の教えといえば、
普通は釈尊(ブッダ)の教えのことを指しますが、
真言宗においては大日如来になります。

大日如来とは、宇宙の真理を意味する仏、
つまり法身仏であり、すべての仏(如来)や菩薩の本体です。

釈尊は大日如来が現世へ現れた姿であるとされています。

空海は宇宙の実態を観察して、
「体台(本質)」「相大(現象)」「用大(作用)」の
三つの視点から分析し、その体は六大であり、
相は四曼であり、用は三密であると考えました。

六大とは、如来の象徴であり宇宙を構成するところの
地・水・火・空・風・識の六つの要素のことです。

また、現象の世界は四曼
すなわち四種の曼荼羅で表されるものであって、
この理論を図像で描いたものが、金剛界と胎蔵界の曼荼羅です。

そして、宇宙の働きとしての三密とは、
大日如来の身体・言語・心意の三つの働きのことで、
手に印を結び、口に真言を唱え、心に悟りの境地を開くなら、
即身成仏、つまり大日如来と一体となれると説かれています。

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宗教豆知識『仏教』⑤真言宗の歴史

【真言宗の歴史】

密教を正式に日本に定着させたのは空海(弘法大師)です。
空海もまた中国に渡りこれを学んだのですが、
その源をさかのぼればインドにたどり着きます。

インドでの仏教は、定着する過程で
民間信仰であるヒンドゥー教との融合を重ね、
やがて神秘主義的で呪術的な密教が成立します。

特に呪術的な言葉の神秘性を重視したのが真言密教で、
真言(マントラ)とは真実の言葉、
すなわち仏の言葉であり、心の内の秘密の言葉といえます。

真言宗の名もここに由来しています。
やがて7世紀中頃から、大日如来の信仰を中心に
成仏を目的とした真言が説かれるようになり、

それらの教えをヨーガという修行法や
曼荼羅(マンダラ)などと結びつけた、
『大日経』や『金剛頂経』といった経典が著されます。

こうした真言密教は、
善無畏、金剛智、一行、不空らによって中国にもたらされ、
恵果和尚によって空海に伝授されたのです。

空海は日本に帰朝した後、
嵯峨天皇の帰依を受けて高野山に金剛峯寺を建立します。

また京都の東寺を天皇より賜りますが、
後に教王護国寺と改められ、真言密教の拠点となります。

土木、建築、医学、教育、美術、学芸など、
幅広い才能を持った空海は、真言密教の布教に止まらず、
治水事業や学校創設などの社会的活動にも多岐に渡る活躍をし、
835年惜しまれて入定しました。

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宗教豆知識『仏教』④天台宗の教え

【天台宗の教え】

天台大師とも呼ばれる中国の智凱は、
法華教こそが種々の経典のすべての要素を取り入れた
究極的な教え(円教)であることを明らかにしました。

法華経を中心とした天台大師の教えは
法華三大部と呼ばれる『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』の
三つの書にまとめられており、
そこでは「教」と「観」の二門が教えの基本となっています。

「教」は、釈尊の教えを五時八教として分類した理論的な門。
「観」は、その教えで明らかにされた真理を悟るための
修行方法という実践的な門になっています。

この天台智凱によって創始された天台宗は
最澄によって日本にもたらされるのですが
既に述べたように中国天台宗を
そのまま日本に持ち帰ったのではなく、
四宗融合という独自の思想が反映されたものになっています。

最澄が目指したのは、
円教・密教・禅・戒という種別にとらわれることなく、
四宗はみな一元のものであるとし、
法華教の精神によってそれら四宗を統一した総合仏教でした。

後にこの天台宗を母体として、
そこから様々な宗派が生まれ出ることになるのも、
こうした天台宗の総合性が背景となっています。

こうした総合的に仏教をとらえる考え方から
天台宗では特定の経典を選択し、
他の経典を捨てることはしません。

どの経典も釈尊の教えであり、
どれもが何らかの真理を説いているとするからです。
法華教を中心にしているのは、
そこに釈尊の教えが要約されているためです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』③天台宗の歴史

【天台宗の歴史】

インド仏教は2〜3世紀に中国に伝わり、
独自の展開を見せてゆきます。

中国の風土に合った仏教を模索していた
智凱という傑出した僧は、
世俗を嫌って天台山に入り、悟りを開きました。

天台宗の名はこの天台山に由来しています。
日本においては平安初期、最澄(伝教大師)が
中国で学んで日本に持ち帰り、比叡山で広めました。

この有徳の僧、最澄に感銘を抱いたのが桓武天皇です。
最澄は天台宗の法門を学ぶため、
天皇に遣唐使としての派遣を願い出ます。

最澄が目指していたものは高遠な総合仏教であったことから、
法華円教(天台宗)、真言密教、達磨禅法、大乗菩薩戒とが、
唐で合わせて学ぶ対象とされ、
これが四宗融合として日本天台宗の特色となります。

最澄は帰国して後、開宗の許しは受けたものの、
最大の理解者であった桓武天皇の崩御や、
交流のあった空海との絶縁などの中、巡礼の旅に出ます。

そして、完全に独立した一宗としての
勅許を求めながら、822年に入寂したのです。

臨済宗の栄西、浄土宗の法然、
浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮といった、
後に各宗派を開くことになる傑出した高僧らも、
若き日には天台宗を学びました。

天台宗は後に円仁や円珍らによって発展するのみならず、
日本の仏教の発展に大きく寄与することになったのです。

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宗教豆知識『仏教』②日本の仏教

大乗仏教が日本に伝えられたのは、
インド・ネパールから中国・朝鮮を経由してですが、
日本への最初の仏教伝来の記録は『日本書紀』にあり、
522年、百済(現在の朝鮮)の聖明王から
欽明天皇に仏像と経倫が贈られたことに始まるとされています。

ただし、後世に残されたこうした記録以前に、
仏教が伝えられていたことも充分に考えられます。

その当時の仏教は、国を鎮め、
国を護るために祈願するものとして、
朝廷から手厚い保護を受けて隆盛をみました。

平安時代になると密教が入ってくるに至り、
日本古来の山岳信仰と結び付いたりもしました。

最澄(伝教大師)が比叡山に天台宗を開き、
空海(弘法大師)は高野山に真言宗を興しましたが、
これらは当時の人々が仏教を学ぶ場ともなり、
後に浄土宗を開く法然も比叡山で天台宗を学ぶなど、
やがて時を経るにつれ、この天台宗から
様々な宗派が生まれることとなります。

鎌倉時代は日本仏教史上でも花開く時期となり、
先に挙げた法然のほか、浄土真宗の親鸞、日蓮宗の日蓮、
禅宗である臨済宗と曹洞宗をそれぞれ広めた栄西と道元らの
優れた仏教者たちが登場しました。

特に禅宗は武士階級の支持を集めたことから、
単に宗教的側面に止まらず、文化的にも大いに栄えました。

鎌倉時代において、仏教はようやく一般民衆に浸透していったのです。

以後、時代の移り変わりと共に様々な変遷を経ながら、
日常の習慣や風俗と結びつき、日本の仏教は今日に至っています。

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宗教豆知識『仏教』①仏教の起源

【仏教の起源】

仏教とは、「人間が仏になる」というブッダの教えのことです。
ブッダとは「真実を悟った者」という意味で、
幼名はゴータマ・シッダールタと言います。

ゴータマ・シッダールタは、紀元前5世紀頃(諸説あり)に、
シャカ族の王子として現在のネパール南部に生まれました。

日本では「釈迦」という呼び名が一般的になっていますが、
それは出身部族のシャカ族の聖者という意味で、
釈尊(釈迦牟尼)とも呼ばれています。

釈尊は19歳で結婚し、子供ももうけましたが、
生まれてすぐに母を亡くすなどし、人生に思い悩むことも多く、
29歳で出家して修行者となりました。

35歳の時に(諸説あり)ブッダガヤの菩提樹の下で瞑想に入り、
悟りを開いてブッダとなりました。

以後、遍歴行脚を重ねながら教えを説き、80歳で入滅しました。

釈尊が入滅してから、100年経過すると、
教団は保守派(上座部)と改革派(大衆部)に分裂してしまいました。

改革派が大乗仏教と呼ばれるのに対して、
保守派は小乗仏教と呼ばれることもありますが、
その呼び名は相手をさげすんだ大乗側からのものであり、
今日では上座仏教と呼ぶのが一般的になっているようです。

上座仏教は出家信者を中心としたもので、
戒律を重んじ、もっぱら修行と禁欲によって
自己の悟りを追求する立場をとるもので、
現在のスリランカ・ミャンマー・タイなど、
主に南方に伝わったことから南伝仏教とも言います。

一方の在家信者を中心とした大乗仏教は、
空の立場から縁起を説き、
大衆の救いを第一と考える菩薩の思想を強調するもので、
現在のモンゴル・中国・朝鮮半島・日本などに伝わったことから
北伝仏教とも呼ばれています。 

霊園ガイド(六月書房発行)より

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生前に建てるお墓「寿陵」

子が親より先に他界する、
あるいは弟が兄より先に逝去するなど、
本来の順番が逆転してしまうことを「逆縁」といい、
あまり良い意味では使われません。

それに対して、生前に自分の死後の供養をすることは
「逆修」と呼ばれ、仏教的に功徳のあることだとされています。
(ただし、辞書によっては、真理から遠ざかること
という意味もあることが記載されている)

逆修は、あらかじめ自分のお墓や位牌をつくり、
死後の冥福を祈ることを指すので、
「寿陵」は逆修にあたります。

実際に、寿陵のことを「逆修墓」ということもあり、
生前につくる位牌は「逆修牌」と呼ばれたりもします。

ちなみに逆修牌の対義語は順修牌で、
これは亡くなった時につくられる位牌のことになります。

逆修という考え方は、灌頂(かんじょう)経や
地蔵菩薩本願経などに書かれているもののようで、
日本では古くから行われていたらしい。

京都や奈良などの古寺に行くと、
"逆修"と刻まれた苔むした石塔が現存しており、
今でも目にすることができます。

逆修墓や逆修牌の場合のように、
仏教に帰依する人が自分の墓石や位牌をつくる場合は、
生前に戒名や法名をつけてもらい、
それを朱書きすることになりますが、
この生前戒名は逆修とは呼ばないようです。

戒名は仏門に入った証として与えられる名であり、
キリスト教の洗礼名(クリスチャン・ネーム)と同じ意味合いなのです。

だから、戒名をつけることは逆修ではなく
順修ということになるのでしょう。

ちなみに、戒名はブッディスト・ネームと英訳されます。

では、どうして寿陵で戒名を朱書きにするようになったのでしょうか?

説として有力なのは、
秦の始皇帝が「不老長寿」を願ったことから
由来しているというものであります。

秦の始皇帝は寿陵を建てたことでもよく知られていますが、
当時は不老長寿の薬の成分に水銀が用いられており、
棺の内側などに塗られていたといいます。

その水銀の原料である「丹砂」は朱色で、
それが戒名の朱書きにも
つながっているのではないかというのであります。

日本石材工業新聞(平成21年12月5日号) 
これからの墓「寿陵」林ひろみ氏著より

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神戸市営墓地3㎡特別セット『光臨』とは

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神戸新聞(2009年12月9日・夕刊)の"コミュニケーション・ボックス"にて紹介された、お墓造りのプロ集団「神戸市石材企業協同組合」特別企画の『光臨(こうりん)』です。

【「神戸市石材企業協同組合」の良心がここに!】

世界同時不況と騒がれる中、私たち「神戸市石材企業協同組合」では、"生活応援"特別企画として、神戸市営墓地3㎡タイプ(間口1.5m×奥行2.0m×高さ1.85m)の墓石セット『光臨』を完成させました。

 
 
 
 
 
『光臨』は、価格もクオリティも最良の墓石です。

製作・販売・工事に携わるすべての
スペシャリストが力を結集した良心の結晶。

流通コストの徹底した見直しと削減に努め、
お求めやすい価格を実現した「神戸市石材企業協同組合」の自信作です。

★高品質墓石セット『光臨』★
クオリティそのまま。徹底した流通コストの削減で実現した高品質・低価格商品です!

◎神戸市営墓地・建立仕様
・鵯越墓園 ・舞子墓園 ・西神墓園
kolin.nisimurake.JPG  3㎡墓所用・墓石セット『光臨』

 ◇880,000円(税込:924,000円)

■仕様
・9寸スリン付2重台神戸型墓石
・霊標(戒名・法名板)
・バリアフリー外柵
・天然化粧玉砂利(五色石)
・基本文字・家紋彫刻、工事費を含む

■特色
・高級感あふれるスリン付墓石
・ちょっと広めのお供物台
・段差の少ないバリアフリー設計
・見やすい位置に霊標を設置
・らくらくベンチ付(手荷物置きとしても便利)
・玉砂利が外にこぼれない玉垣一体型外柵
・たたき仕上げによる滑り止め加工
・雑草が生えにくい工法にて施工

■使用石種
アーバングレー(インド・カルナタカ州産)...墓石・霊標・ベンチ・外柵の一部に使用
 世界有数の御影石産出国、インドで採石される「アーバングレー」は、
 硬い石質と、極めて低い吸水率で、優れた耐久性を誇ります。
 上品なグレーの色調と透明感のあるガラスのような石目は、
 まさに御影石のクリスタルです。

・G623(中国・福建省産)...外柵のメインとして使用
 中国・福建省の経済特区、廈門(アモイ)近郊にて採石される、
 硬質で変色も少ない良質・安価な白御影石です。
 多くの有名建築物にも使用されており、
 アイボリー系のやわらかな色合いが特徴で、
 「アーバングレー」との組合せもぴったりです。

◎価格以上の充実仕様!
・書家による直筆文字
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神戸市営墓地3㎡特別セット『光臨』

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当選後の手続き一切を無料で代行してくれます。

また墓石購入の石材店を自由に選べるので、安心して相談できます。

市営墓地の申し込み、墓石建立は
兵庫県知事認可の同組合に相談してみてはいかが。

【問い合わせ】
 神戸市石材企業協同組合 フリーダイヤル☎0120・115588
 神戸市兵庫区永沢町2-1-19 
 受け付け午前10時~午後5時30分(土・日・祝日も受け付け中)

『光臨』についてのいのお問い合わせは
「神戸市石材企業協同組合」加盟のの第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/

「戒名」について

kaimyou.jpgのサムネール画像戒名は戒律を守り仏道修行に入った出家者だけに贈られるものでした。

そのため、一般の庶民には厳しすぎて、なかなか頂けるものではありませんでした。

亡くなった人につけられる名前のように思われがちですが、本来は戒律を守り弟子となった証としてつけられるものなのです。

ただ、今日では、仏様の弟子として葬儀をあげるために、亡くなったときに戒名を授けるのが一般化しています。

宗派によっては戒名と言わず、法名や法号と呼びます。

親鸞聖人は「何一つとして戒を守れない凡夫だから、弥陀の誓願によってのみ救われる」と説いたことから、浄土真宗では戒名と言わず「法名」と呼びます。

また、日蓮宗では戒名よりも「法号」と呼ぶことが多いようです。

 

 

 

 

 

■院号・院殿号とは
 生前に一寺を建立するほど寺院に貢献したとか、
 社会的にすばらしい貢献をした人につけられます。
 本来は、ただ戒名料を多額に納めたからといって
 つけてもらえるものではありません。

■道号とは
 戒名の上につけられるもう一種類の名ですが、
 わかりやすく言えば、号とか字(あざな)にあたるものです。
 歌人や俳人が別名を持っているようなもので、
 中国にこの道号が生まれ、日本に伝わってから
 戒名の上につけられるようになりました。

■位号とは
位号とは戒名の下につけられている
「居士」とか「大姉」という文字のことです。
性別・年齢などによって違いがあります。

① 院殿大居士(清大姉)
...最上位の位号。
昔なら、天皇・皇后、大名につけられたものです。
② 居士(大姉)
...院殿号に次ぐ位号。昔は奉行や役付きの侍や、
その夫人につけられました。
③ 信士(信女)
...一般市民につけられたもので、現在でも最も多いようです。
④ 童子(童女)
...4〜14才までの子供につけられる位号です。
⑤ 孩児(孩女)
...2~3才までの幼児につけられる位号で、
乳児は嬰児(嬰女)です。

㊟:( )内は女性の場合です。

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『改葬許可証』の取得の仕方

kaisoukyokaahinnseisho.jpgのサムネール画像

『改葬許可証』を取得するまでの手順

1. 新しい墓地の管理者から「受入証明書」を発行してもらいます。
  それを持参の上、前のお墓がある市区町村役場へ行き、「改葬許可申請書」をもらい、必要事項記入箇所を確認し記入します。
  
  ※神戸市営墓地の場合は「当選通知書」が「受入証明書」の代わりとなります。

2. 現在、遺骨のある墓地(または納骨堂)の管理者に上記の「改葬許可申請書」を持参し、埋葬(埋蔵)の証明をしてもらう。

 
 
  
 
  ①霊園の場合...管理事務所
 ②寺院境内墓地...お寺の住職
 ③自治会墓地・共同墓地(昔からその地域にある墓地)...墓地管理者又は、自治会役員等

  ※③の墓地管理者がわからない場合は、市区町村役場にお尋ねください。
  ※②③の場合は、菓子折・心付けなどを持参された方が良いと思います。

3. 再度、「改葬許可申請書」をもらった市区町村役場に
  管理者の証明をもらった「改葬許可申請書」を提出すると
  市区町村長許可の『改葬許可証』を発行してくれます。

■注意事項
 ・自治体や地域によって手続きの方法が異なることもあります。
  特に遠方の場合は二度手間にならないよう
  事前に手続き方法をしっかりと確認しておいてください。
 ・『改葬許可証』を取得するにあたり、
  前のお墓がある墓地の管理者には、
  今回の経緯を誠意をもって説明しましょう。
  また、後からもめることのないよう、
  事前に親族の方々の理解を得ておきましょう。

■『改葬許可証』を発行してもらう市区町村役場に持参していただくもの。
 ・「受入証明書」(神戸市営墓地の場合は「当選通知書」)
  ※「当選」ハガキではありません。ご注意を!
 ・申請手続きに行かれる方の身分証明書(念のため2種類を持参)
  ...運転免許証・健康保険証・年金手帳など 
 ・認印 

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お墓の「改葬(お引越)」はどうやる?

「お墓を郷里から今住んでいる地域に移転させたい」
「郷里のお墓から亡き父母の遺骨を新しい墓地に移したい」
などの理由から、遺骨の移動を行うことがあります。

これを「改葬」といいます。

改葬を行うには、改装前の墓地がある市区町村長の許可が必要です。

そのためには、「改葬許可申請書」に必要事項を記入して、
改葬前の墓地の管理者に埋葬証明印をもらう必要があります。

ただし、この書類は各自治体によって様式が異なるため、
記入方法や手順が多少異なる場合があります。

詳細は各自治体に確認してください。

改葬許可が下りたら、
「改葬許可証」を改葬前の墓地の管理者に提示して、
遺骨を取り出します。

その後、新しい墓地の管理者に書類を提出すると納骨が可能になります。

なお、すべての遺骨を取り出し、
不要となった墓地は管理者に返還しますが、
多くの場合、更地にすることが定められています。

次回は"「改葬許可証」を取得するまでの手順について"です。

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「納骨」の法的事務手続き

kasoukyoka.jpgのサムネール画像遺骨をお墓に納める際には、
単に納骨をし開眼法要や納骨法要をとり行うだけではなく、「納骨」の届け出の事務手続きをしなければなりません。

この手続きをしないと、住民登録のなされていない住人と同様「納骨」の事実が無いということになります。

人が亡くなった場合、役所に死亡届と死亡診断書または死体検案書を提出します。

これは、一枚の紙になっていて、病院などで発行されます。

 

 

 

なお、死亡届以外に印鑑が必要になるほか、
市区町村によっては、健康保険証や年金証書
などを持参しなければならない場合もあります。

役所では、同時に埋火葬許可の申請も行います。

この書類は役所にありますので、
必要事項を記入の上、担当の課に提出しましょう。

ここで発行された埋火葬許可証を火葬場の管理者に提出すると、
火葬が終わった時点で終了した日時を記入して返してくれます。

一般的には骨壺と一緒に箱に入っています。

この証明書は納骨の際、
墓地または納骨堂の管理者に提出するものです。
紛失しないように大切に保管しておきましょう。
 
万が一、紛失した場合は死亡届を行った
市区町村役場の担当の課に「写し」の再交付を申請し、
再発行された埋火葬許可証(写)を、
火葬を行った火葬場で、証印してもらいます。
 
※手順などについては各自治体により異なる場合があります。

「開眼法要」についてはこちらまで
http://www.daiichisekizai.com/concept/2009/05/entry_181/
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身内以外でもお墓を継げるのか?

墓地の名義人が亡くなった場合に問題となるのが、
誰がお墓を受け継ぐかということです。

一般的には配偶者や長男が承継者となることが多いようですが、
法的にこの様な決まりがあるわけではありません。

このことは、民法第897条に記されています。

■民法第897条[祭祀供養物の承継]
系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条(※)の規定にかかわらず、
慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者がこれを承継する。
但し、被相続人の指示に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、
その者が、これを承継する。

2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、
前項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所がこれを定める。

※前条とは、第896条のこと。
「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。
但し、被相続人の一身に専属した者は、この限りでない」

このように、お墓の承継者は血縁者に限定されているわけではなく、
あくまで祭祀を主宰する人ということになっています。

ですから、たとえば親しい友人や
師弟関係にある人がお墓を継ぐことも可能です。

ただし、その場合は承継予定者や親戚の同意を
あらかじめ得ておかなければならないでしょう。

また、"○親等内の親族しか承継できない"
 "男子の実子でないと承継できない"など、
個々の墓地、霊園により規定が異なりますので、
事前に詳しく調べておく必要があります。

お墓は一般的な財産と異なり、
分与せずに特定の人が承継することになる
「祭祀財産」という扱いになっています。

他の財産とは切り離して考えますから、
お墓を継いだからといって遺産相続の際に
不都合が生じるようなことは、法的にはありません。

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墓地の「永代使用権」って何?

hiyodori.mokuren.JPGのサムネール画像

一般的には「墓地を購入する」とか「お墓を買う」といった表現がなされますが、宅地のように土地を買うわけではありません。

購入するのは墓地を使用する権利で、このために支払う費用を「永代使用料」といいます。

 
 
ちなみに、神戸市営墓地の場合は
「当初使用料」といいますが、
内容は永代使用料と全く同じです。

お墓を建てるためには、
先ず墓地の永代使用権を購入することが必要になります。
その上で、墓石や工事の費用がかかってきます。

永代使用権については、
個々の霊園や墓地により使用規定・規則が異なります。

事前に契約内容をよく確認してください。

なお、改葬(お墓のお引越し)などで墓地が空き
使用権を返還しても、一般的には永代使用料は戻りません。

また、この永代使用権を転売することもできません。

「神戸市営墓地」のお申し込みについては第一石材まで
http://www.daiichisekizai.com/boshu/

お墓はなぜ必要なのか?

最近ではお墓は必要ないという考え方のもと、
散骨や樹木葬など、お骨を自然に帰し、
お墓を建てない人も出てきています。

しかし、実際に散骨をした人の中には
後でお骨を残しておけばよかった、
と後悔するケースも少なくないといわれます。

お墓には亡き人の生きた証を残すという側面と、
残された者が故人を偲ぶ「供養」という二つの側面があります。

散骨でお骨を自然に帰してしまうと、
この二つを実現することができません。

後になって後悔される人の多くがこの二つによること、
とりわけ、故人を偲ぶことが、形を伴って出来ないことが
心の痛みになっているといわれています。

つまり、「手を合わせる」という行為が
お骨が残っていないためにできないからです。

自分の家族の死を悼まない人はいません。
肉親の死を悼み、供養したいと思うのは
人間としての自然な感情でしょう。

そのときに手を合わせる存在となるのがお墓なのです。

また、自分の生きた証を残したいなどの理由から
生前に自分のお墓を建てる(寿陵・じゅりょう)人や、
死んでから子供たちに迷惑をかけたくないなどの理由から、
同様に生前にお墓を建てる人々も増えています。

さらに、自分自身の想いをカタチに現した
「デザイン墓石」を希望される人もいます。

死んだ後の自分の居場所を確保したいと考えるのもまた、
自然な情というものでしょう。

いずれにしても、お骨は残された遺族の方、
また子孫にとって必要なものです。

ご先祖を偲ぼうにもお墓がなければかないません。
自分一代のことだけでなく、
その先々の子孫や残された人々のことを考えれば、
やはりお墓は必要不可欠といえるのではないでしょうか。

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日本石材工業新聞に紹介される(後編)

森井家3.JPG

~前のコラムからの続きです~

また、個性的な表情を持『天の河®』だけに、そこに刻む文字によってイメージの善し悪しも大きく変わる。

お施主自身、当初から「○○家」といった従来のものではなく、好きな文字を刻みたい、と希望していた。

そこで、デザイン書道家の制作した
文字のイメージサンプルを見てもらうことに。

そして、北海道を中心に活躍する書道家・植田準氏揮毫の
「悠」の文字が目に留まり、この文字を彫ることに決定した。

墓地入口のフロア部分には、
洗練された花柄彫刻をあしらうなど、
細部まで手の込んだつくりが、
『天の河®』の本体や外柵類と心地よいハーモニーを奏でている。

【お施主の心をカタチに 墓石デザイン+供養】

お墓が完成し、「世界に一つしかないオリジナルデザイン墓石」の姿を目にしたお施主は、
霊園内でも際立つその出で立ちに、感動を隠せなかったという。

とりわけ、自分で選んだ文字彫刻には関心を寄せていた。
最も深いところで深さ65ミリというその文字を何度も手で触りながら、
感嘆の声をあげていたという。

              ◇

㈱第一石材の創業時からのコンセプトは、心をカタチにすること。
「お施主が漠然と思い考えている"お墓"に対する思いを、
モノとしての墓石だけではなく"供養"というカタチに至るまでを、
それぞれの要望に添ってプロデュースすることだと考えています」と能島社長。

㈱第一石材では、これまでも様々なデザイン墓石を手掛けてきており、
その優れた作品の数々はデザイン墓石写真集(六月書房発行)等での掲載でも広く知られている。

お施主の心の琴線に触れた『天の河®』の石目と、かたちと相まって、
これまでの"供養のデザイン"経験が存分に発揮された作品と言えるのではないだろうか。

◆㈱第一石材
兵庫県神戸市兵庫区永沢町2丁目1番21号
TEL.078-515-2424
FAX.078-515-2737

この『天の河®』について詳しくはこちらまで
http://www.daiichisekizai.com/blog/2009/09/entry_523/
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日本石材工業新聞に紹介される(中編)

森井家2.JPGのサムネール画像

~前のコラムからの続きです~

【「このお墓、すてきっ!」感性に訴える存在感】

この『天の河®』墓石のお施主は、
亡夫の墓碑を建立したいと㈱第一石材を訪れた奥様とご子息。

 
もともと「国産石材を用いて製作したデザイン墓石」
という希望があったことから、
能島社長は青木石(香川県産)でつくられた、この『天の河®』を提案。

すると「このお墓、すてきっ!」と興味津々。

初めてのお客様に対する墓石提案となれば、使用石種やその特徴、
デザインコンセプトなど一通りの説明が必要、というのが普通だろう。

しかし今回の場合、詳細に渡る説明はほとんど無用の長物、
大げさだが「理屈抜きに気に入っていただけました」と能島社長。

その時点で、お施主の要望でもあった
「国産石材で製作したデザイン墓石」=『天の河®』に決定し、
ほとんどのデザインを同社に一任されることになったという。

実際の墓石製作で同社がこだわったポイントは、
『天の河®』が持つ、"天然石のあるがままの風合いをいかに活かすか"ということ。

そのため、外柵のデザインも主張しすぎず、
しかも石塔との対比で貧祖なイメージにならないようにと、本体のデザインに合わせた
"シンプルでありながら比較的シャープなイメージ"でまとまるよう配慮している。

さらに、アクセント用の石についても、
コントラストが強すぎる黒みかげは避け、
少し柔らかなイメージを演出できる濃いブルー系の551(中国・黒龍江省産)を選択。

外柵の石種は『天の河®』の青木石の石目・色目との相性が良く、
吸水性の低い213(中国・湖南省産)を使用している。
        
        ~つづく~

この『天の河®』について詳しくはこちらまで
http://www.daiichisekizai.com/blog/2009/09/entry_523/
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日本石材工業新聞に紹介される(前編)

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第一石材が新たに取り組む、素材感あふれる純国産デザイン墓石『天の河®』がこのたび、日本石材工業新聞(平成21年11月15日号)に掲載されました。

下記に掲載内容を取りまとめました。

"世界に一つ"の『天の河®』墓石

◆神戸市立鵯越墓園に建立

個性や自分らしさを表現する「デザイン墓石」が全国的な広がりを見せる中、天然石にしかない模様・色合い・目合い・風合いなどを最大限に活かし、「世界に一つしかない墓石」として注目される『天の河®』。

 
 
天然材ゆえの模様が唯一無二の存在感を主張し、
そのかけがえのなさが最愛の人を弔うに相応しい素材であることを直感させ、
新たな墓石ブランドとして定着しつつある。

建墓実績も着実に重ねる中、このほど兵庫県神戸市立鵯越墓園に
『天の河®』を使ったオリジナル墓石が建立された。

同墓所の設計・製作・施工を行った
㈱第一石材・能島孝志社長に、建立に至った経緯などについて聞いた。

【本当の"お墓"に昇華高松市長賞作品の墓石】

能島社長が『天の河®』の存在を知ったのは、
2年前の「あじストーンフェア2007」。

青木石材㈿が紹介していた『天の河®』の試作品を目にした時、
これまでの業界の物差しでは測れない斬新な発想・コンセプトの
墓石提案に、高い関心を持ったことに始まる。

翌年の『天の河®』正式販売スタートと同時に、社内でデザインを考案。

「ショールームに展示したい」と、天の河事業本部営業担当者から
庵治産地の石職人に石目模様のイメージや仕様を伝えてもらい、
同社初の『天の河®』墓石を製作してもらった。

この『天の河®』墓石、実は昨年の
「庵治ストーンフェア2008」にも出品され「高松市長賞」を受賞した作品。

㈱第一石材のショールームにも"高松市長賞受賞作品"として紹介しながら、
来店者にもその存在を広くPRしていた。

今回鵯越墓園に建立されたのはこの作品そのものなのだ。

         ~つづく~

この『天の河®』について詳しくはこちらまで
http://www.daiichisekizai.com/blog/2009/09/entry_523/
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中国産の墓石は大丈夫?⑦最終話

~前のコラムからの続きです~

中国で造られる墓石は、メーカー(製作工場)→卸問屋(石材商社)
→小売店(石材店)→顧客という流れで流通しているのが一般的です。

それに、薬品処理や着色などのいわゆる
"ごまかし"加工についての規制法律が無い現状では
安心できる中国産墓石を求めることはかなり難しいように思います。

私自身も、中国で造られる墓石については
長年にわたり色々と悩み、考えてきました。

そして、たどり着いた結論は
「自分自身で中国に出向く!」ということです。

どこで、誰が、どの材料を使い、
どのような工程で造られたのかも分からない製品を
お客様に提供することへの不安。

これが食品なら皆さまは口にされますか?

私どもでは、石材商社を通じて製作された
中国産の墓石を仕入販売するのではなく、
世界最大の石材加工地である中国・福建省の自社専属工場にて、
現地日本人スタッフにより、原石の選別から加工に至るまでのすべての工程で、
国産品と同等の厳しい製品管理を行い、
完全自社設計のもとに墓石の製作を行っております。

数々の食品偽装事件や、耐震偽装事件が示すように、
利益追求で走ってきた「ツケ」は結局は消費者に返ってくるのです。

...いったい何を信用すればよいのか、不安は募るばかり。

こんな不安だらけの世の中だからこそ、
企業側には消費者の不安を安心に変える努力が求められています。

「お墓選びは石材店選び」です。
お家と同様、一生に一度の大切で大きなお買い物です。

安心して満足できるお墓を建てられることを心から願っております。

            ~おわり~

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中国産の墓石は大丈夫?⑥

~前のコラムからの続きです~

■中国における墓石の"ごまかし"事例《3》

遠くからでもひと目で分かる存在感は、
「黒御影石」ならではのものでしょう。

その中でも豊富な生産量と比類無き耐久性と
極めて低い吸水率を武器に、
一躍黒御影石のスタンダードになったのが、
中国・山西省にて採石される黒御影石「山西黒」です。

スウェーデン産やインド産の黒御影石と比較すると、
安価であるため人気が集まり、
現在では最もポピュラーな黒御影石となっています。

一見、純黒と見える石目にも
金粉と表現される細かな天然模様があり、
鏡のような美しい光沢が特徴です。

ただ、山西黒にも多くのランクがあり、
同じ石種でも品質に差が生じるため、
あまり安いものには注意が必要です 。

さて、この「山西黒」にて中国で加工・製作された墓石が、
日本に輸入され、ある家のお墓として建立されました。

お墓参りの際に親族の方がタオルで
お墓を丁寧に拭いていたところ、
タオルが黒くなったとのこと。

黒御影石からは黒い色素が分泌されるのか?

いえいえ、そんなことはありません。

これが、色むらなどがある原石を美しく見せるためのお化粧、
いわゆる着色による"ごまかし"なのです。

これまで、いくつかの中国における
墓石の"ごまかし"事例をご紹介いたしました。

一般の消費者の方々からみれば、
「こんなことが、実際に行われているの?」

というふうに、思われるかも知れませんが、
こうしている今現在でも、"ごまかし加工"による墓石が
造り続けられ、近い将来誰かのお墓となるのです。

         ~つづく~

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