第一石材のお墓について
  • はじめての方へ
  • 第一石材のこだわり
  • お墓が出来るまで
  • よくある質問
墓地・霊園を探す 墓石を素材で選ぶ 墓石をデザインで選ぶ
  • 和型墓石
  • 洋型墓石
  • デザイン墓石
第一石材ブログ
  • 社長ブログ
  • 専務ブログ
  • スタッフブログ

「石材店に行く前に読む本」無料プレゼント中

sekizaitennni.hyoushi-thumb-300x415.jpgのサムネール画像


神戸新聞社運営のサイトで紹介されました

mybestpro_image.gifのサムネール画像 index_header_prologo.gifのサムネール画像

神戸近隣で墓地・霊園をお探しの方へ

第一石材は無料申請代行をはじめ、多くのサービスを実施しております。
まずは一度ご相談ください。

神戸近隣で墓石等をお探しの方へ

墓石はどこで買っても同じというものではありません。それはデザインをはじめ、諸々のサービスも石材会社によってかわってくるものです。当社ではショールームも完備しておりますので、まずは一度ご来館くださいませ。



HOME > 社長ブログ > 豆知識 > 「家紋について」②家紋は我が家のマーク

社長ブログ

< 「家紋について」①家紋の歴史  |  一覧へ戻る  |  「家紋について」③菊の御紋章 >

「家紋について」②家紋は我が家のマーク

家紋とは、家の印で名字、
称号の目印として考えられた図柄です。

それらは、花や植物をテーマにしたものが数多くあります。

西洋にも紋章というものがあり、
王侯貴族や名家のシンボルマークとなっていますが、
モチーフはライオンや鷲、盾や矛、刀剣、槍などがほとんどです。

また、西洋の紋章は王侯貴族だけのもので、
一般市民すべてが家紋を持っているのは日本だけです。

家紋に表された図柄は、最も初期には
写実的なものもあったようですが、
それが家紋として発達するにつれて、
整形され対照的で洗練された形へと変化してゆきました。

これは家紋が元々識別を主な目的にしていたため、
あまり複雑なデザインではなく容易に見分けられる、
という条件の上で考えられたからでしょう。

家紋は歴史の中に忘れられた存在ではなく、
現在も脈々と息づいて暮らしの中に生きています。

例えば結婚式や披露宴での女性の留袖、
あるいは七五三のお宮参りでは、
紋付き袴を着た男の子が千歳あめを手に
ポーズををとっている光景を目にすることができます。

また、葬儀の時にも家の紋が入った提灯がかかげられ、
紋付き礼装の人々が焼香をしています。

もちろん、お墓にも和型墓石の場合
ほとんどの墓石に家紋が彫刻されています。

最近では、自分の家の家紋を知らない人もいます。
毎日意識することはありませんが、
自分の家の家紋は知っていた方がいいでしょう。

貸衣装を借りるときにも、
はっきり指定しないと、
適当な紋のものをあてがわれてしまいます。

また、家紋に関心を持つと、
いろいろと面白い歴史的な発見もあります。

家紋は元々「家」と「名字」を象徴したマークで、
男性専用とされていましたが、
江戸時代になると一般大衆にまで広がり、
女性専用の女紋も生まれました。

女紋はその家を代表する定紋にちなんで作られました。

女紋は定紋よりも小形で、格式ばった形より
細線で描いた優美なものが好まれたようです。

また、家格を重んじる家では、
他家に嫁ぐ娘は母方の家紋を染め抜いた
衣類や調度品などの嫁入り道具を、
婚家先に持参する習慣が各地で行われていました。

この紋を結婚後もそのまま使い、
女児が生まれると母方の紋を受け継ぎます。

このように女紋は母系で受け継がれてきました。

この女紋の扱いは地方によって違い、
結婚後は嫁入り先の家紋を用いる所もあります。

神戸の墓地・墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com

カテゴリ:

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 「家紋について」②家紋は我が家のマーク

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.daiichisekizai.com/cgi-bin/tl_cms/mt-tb.cgi/460

コメントする

< 「家紋について」①家紋の歴史  |  一覧へ戻る  |  「家紋について」③菊の御紋章 >

同じカテゴリの記事

お墓の形の移り変わり⑬最終話/これからのデザイン墓石

yamaokake.tennzanishi.JPG
現在も寺院の境内墓地においては、
従来からの和型墓石が大半をしめているが、壇信徒関係が薄らいでいる中、
核家族化の傾向が強まるにつれ、
宗教的な関わりも希薄なものとなって、
墓所も公営や民営の霊園を求める動きが強くなっています。

 
 
 
墓所の形態が公園型霊園や、
ガーデニング霊園が主流となってくると、
霊園の雰囲気にマッチした建墓を考える人が多くなり、
おのずと洋型墓石の割合が増えてくるのは当然のことだといえます。

和型墓石であっても、
従来のものをアレンジして、
高さを抑えてみたり、
霊園の雰囲気に合った形が試みられています。

また、核家族化、少子化は、墓所の広さ、
墓石の大きさが小さくなる傾向を生んでおり、

今後は小形の墓石に対して、
美しいデザインといった意匠のものが
強く求められてくるようになるに違いありません。

長い歴史の中、墓石の形の変化には遅々たるものがありましたが、
自由な気風、石材供給の多様化、
石材加工技術の進歩といった今日の時代を迎えて、
今、新しい墓石文化が花開こうとしているといえるでしょう。

そして、この流れの中で、時代を反映し、普遍的な形、
美しいお墓が、次の時代へと継承されていくことでしょう。
 
※写真:小さな墓所スペースを生かしたデザイン墓石/間口1.2m×奥行1.2m

/////////////////おわり/////////////////

※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照

神戸・大阪・阪神間のお墓のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com
オリジナルデザイン墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/design/cat_cat152/

お墓の形の移り変わり⑫最近の建墓者の意識

okuroke.jpgのサムネール画像

第二次世界大戦後の新民法のもと、
核家族化、少子化の影響は、お墓の持つイメージをも大きく変化させました。

お墓の持つご先祖への供養、
故人の供養という意味は不変であるが、
お墓に対する心情は、
時代を反映して多様化してきています。

 
 
何より、核家族化の影響は、
先祖代々という一族の重さから解放されて、
お墓に限らずすべてのものが
家族単位で考えられるようになりました。

このことから、お墓に対しても
家族が満足するものが優先され、
お墓は家族が生きた証を表す
モニュメントのようにも考えられています。

一方、戦後の檀家離れは顕著で、
宗教的な制約からも解放され、
お墓には故人の趣向や、
家族の考えがストレートに表現されるようになりました。

ことに生前建墓の場合は、
自らの墓を自らが建てるわけで、
何にもとらわれることなく、
より大胆に心を形に表現しているものが多いといえます。

冠婚葬祭は保守的傾向の強いものであり、
こと"葬"に関しては特に変化が遅く、
近年になって、ようやく自由な形式への動きが表れはじめ、
お墓に関しても自由な発想での
建墓が可能な時代を迎えたといえるでしょう。
 
※写真:アート感覚あふれる大黒家墓所/神戸市立西神墓園

/////////////////つづく/////////////////

※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照

神戸・大阪・阪神間のお墓のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com
オリジナルデザイン墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/design/cat_cat152/

お墓の形の移り変わり⑪本格的ガーデニング霊園の誕生

komyoji.bochi.jpgのサムネール画像

 
平成7年には日本初の本格的ガーデニング民営霊園が
千葉県佐倉市に誕生しました。

園芸ブームもあって、ガーデニングという言葉も定着していて、
公園型霊園というより一歩進んで、
美しい花々の咲く庭にある霊園という雰囲気で、
園芸や花の好きな人々から強い支持を得ることになりました。

このガーデニング霊園は種類を組み合わせれば、
ほぼ通年開花するといわれるバラの生垣を配したもので、
墓域と花壇・植栽が融合した美しい景観を示しています。

昔から仏様にお供えする花は、
ツルやトゲのある花はふさわしくないといわれていましたが、
お墓に対する意識の変化は、
そういった旧態とした考え方は問題ではなく、
故人も、お墓参りをする者も、ともに美しい環境にありたい
という願いの表れであるのではないでしょうか。

近年に誕生している霊園も、
そのどこかにガーデニングの考え方を取り入れたものも多く、
霊園においては、美しいという要素は不可欠となりつつあります。

このようにガーデニング霊園が普及してくると、
その霊園に合ったお墓のデザインというものが求められるようになります。

その結果、豊富な石種を使い、デザインも多様化して、
洋型墓石を基本にしたデザイン墓石が急速に増えてきました。

平成14年以降に建墓された洋型墓石の数は、
和型墓石を超えたともいわれており、
この傾向は今後益々拍車がかかってくると思われます。
 
※写真:光明寺墓地公園/神戸市北区

/////////////////つづく/////////////////

※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照

神戸・大阪・阪神間のお墓のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com
オリジナルデザイン墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/design/cat_cat152/

お墓の形の移り変わり⑩すべて芝生墓域の霊園の誕生

seishin.shibahu.jpgのサムネール画像のサムネール画像

昭和46年には、霊園のすべてが芝生墓域で、区画面積も統一され、墓石の大きさも厳格に規定された洋型墓石のみの建立可能という、日本初の都立八王子霊園が開園しました。

八王子霊園は46万4千平方メートルの大規模な霊園で、すべて芝生墓域で洋型墓石という形式は大きな話題となったが、
開園当初の人気はもうひとつでした。

しかし、公営墓地の都立霊園であることや、
霊園ブームであったこととから、すぐに人気の霊園となり、
日本にも芝生墓地という様式が定着することになりました。

この八王子霊園の基本的な考え方は、
すべて芝生墓地にして、墓石の大きさも規定することで、
芝の手入れや刈り込みなどを夜間に全自動で行うと目的がありました。

しかし、全自動での芝生管理という点では決して成功したといえません。

このアメリカ的発想の霊園の誕生で、純粋な洋型墓石が出現し、
規定された大きさの中で、どうデザインするのかが考えられるようになり、
今日のデザイン墓石への流れを加速するものとなったといえます。

都立八王子霊園の誕生は、芝生墓地という考え方を定着させることになり、
次々と誕生する民営霊園の中にも、墓域の一部に芝生墓地を採用するものも出現し、
新しい洋型墓石のデザイン様式が現れてきました。
 
※写真:神戸市立西神墓園/芝生墓域

/////////////////つづく/////////////////

※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照

神戸・大阪・阪神間のお墓のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com
オリジナルデザイン墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/design/cat_cat152/

お墓の形の移り変わり⑨石材加工技術の発達と原石輸入

cut off machine.jpg
霊園形式の墓所の普及と、お墓への意識の変化は、お墓の形の変化を促し、お墓を建てる人の心や、故人への思いを形に表現する動きとなって強く表れてきました。

この流れを支えるものとして、石材加工技術の発達と、海外から輸入され始めた、多種多様な石材の存在があります。

 
石材の加工は、原石を石目に沿って割り、
表面を削り、砥石で磨き、
仕上げるという手作業によるもので、
複雑な加工は難しいものがありました。

なにより石材の加工には長い時間を必要としました。

昭和30年代に入ると、人造ダイヤが発明されて、
丸鋸の歯に人造ダイヤを使用することで、
木材同様に石を切るということが可能となりました。

また砥石の中に人造ダイヤを混入することで、
磨く作業がスピードアップするとともに、
細やかな加工も可能になりました。

このようにして、すべて手作業で製作していた墓石加工が、
大量に工場で生産されるようになったことで、相対的に価格も安くなり、
容易にお墓を建てることができるようになったともいえます。

また海外から輸入される原石は、日本にはない色調の石も多く、
お墓を建てるうえで、色調面でのバリエーションも増え、
そのことがよりお墓の形の変化を促進することにもなりました。
 
※写真:カットオフマシーンによる石材加工

/////////////////つづく/////////////////

※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照

神戸・大阪・阪神間のお墓のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com
オリジナルデザイン墓石のことなら第一石材へ
http://www.daiichisekizai.com/design/cat_cat152/

このページのトップへ