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社長ブログ 2010年1月アーカイブ

宗教豆知識⑱『キリスト教の教えと歴史』

【教えと歴史】

キリスト教は、現在のイスラエルに
西暦紀元前後に生まれたイエス・キリストを神の子としています。

父なる唯一の神、神の子、聖霊は三位一体とされ、
その教えの根本は、イエス・キリストによる人間の罪の償いと、
これに基づく救済(愛)が説かれています。

聖典として、旧約聖書と新約聖書がありますが、
モーゼ五書(創世記、出エジプト記など)を代表とする旧約聖書は、
イスラエルの民を媒介として神が救済を約束したという
ユダヤ教の経典であり、新約聖書はキリスト教特有のもので、
神がキリストを通して救済を約束したとするものです。

ただし、旧約聖書もキリストを準備する書として、
後のキリスト教会によって経典に加えられました。

キリストの教えは弟子たちによって広まり、
3世紀初めにはローマ皇帝によって公認され、
やがて国教として定められます。

その後、ローマ帝国の東西分裂に伴い、
東方正教会とカトリック教会に分かれ、
ゲルマン民族と提携した
カトリック(西方)教会が発展してゆきます。

しかしそのカトリック教会も、
聖地エルサレム奪回を目的とした
11〜13世紀にかけての十字軍の遠征に失敗し、
司祭の堕落や教会の退廃などから、
権威は次第に失墜してゆくこととなり、
16世紀にはドイツのルターや
スイスのカルヴァンらによる宗教改革の波にさらされます。

こうして、教会の権威を尊重するカトリック(旧教)に対し、
聖書を中心とした個人の信仰を強調する
プロテスタント(新教)が台頭し、
西方教会は今日に至るまで、
この二分された状態で歩むことになります。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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神社の宗教『神道の内容』宗教豆知識⑰

【神道の内容】

「神道とは何か」という問いには、
専門家でもなかなか明確に答えることができないようです。

このことは、特定の教祖や経典を持たない、
自然に出来上がった民族宗教の特徴ともいえるでしょう。

それゆえに、歴史の中で仏教と融合することもできたのであり、
現在でも仏壇と神棚が同じ屋根の下に設けられるなど、
他宗教と並存することもできるのです。

初詣をはじめ、神前結婚式、初宮参り、
七五三、成人式、安産祈願、合格祈願など、
神社に出掛けて祈願する行事は日本文化の中に定着しており、
意識するしないにかかわらず、
わたしたちは日常生活の中で神道に接しています。

こうしたことから、神道は意識的な宗教行為としてよりも、
長い伝統の中で習慣化された
儀礼行為としての要素が強いともいえるでしょう。

ただし、神道が「祭り」という行為を中心にしてきた
信仰であることを忘れることはできません。

「祭り」とは本来、神々を祀(祭)るという宗教的な行為であり、
畏敬と感謝の心で神々に祈り願うということです。

底流で素朴な自然崇拝と結びついたその心は、
儀礼や行事を通して、今も生きているのです。

【神道の影響】

神道とは、一般に神社を中心とする神社神道のことを言いますが、
こうした神社神道の他に教派神道を挙げることもできます。

これは、明治以降に政府によって認められた神道系の教団のことで、
黒住教、天理教、金光教など13の教派がこれにあたることから、
神道十三派とも呼ばれていました。

クリスマス、お寺の除夜の鐘を聞く大晦日、
元旦の神社への初詣といったように、
今日の日本の行事には、様々な宗教が
肩を並べているようにも見受けられます。

しかしながら、一般的な儀礼や行事の多くは、
神社で行われています。

わたしたちの風習に最も影響を与えているのは、
神道だと言えるでしょう。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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神社の宗教『神道の歴史』宗教豆知識⑯

【神道の歴史】

神道は自然発生的に生まれてきた宗教であり、
豊かな自然に対する独特の感受性を基に、
日本という風土の中で生まれ育った民俗宗教です。

仏教やキリスト教などと違い、
いつ、誰が開いたというものではなく、
特定の教祖や経典を持ってはいません。

したがって、神道の起源は明らかではありませんが、
『古事記』や『日本書紀』などにおける古典神話に、
その原始的な形態がうかがわれます。

「八百万の神」といわれるように、神道は多神教です。
天照大神(あまてらすおおみかみ)
や大国主神(おおくにぬしのみこと)など、

名前を持った神々が神話に登場していますが、
中でも日の神である天照大神が中心的な神格を持っています。

天照大神は皇室の御先祖であるとされ、
後に伊勢神宮に祀られますが、
中世以降に伊勢信仰は全国各地に広められることとなります。

一方では、山の神や海の神などといった
自然を司る名前を持たない神々が、
民間信仰によって敬われてきました。

神々の中でも、地域社会の中で
庶民にとって関係が深くなっていったのは、
各地域の守り神、いわゆる氏神や産土神です。

そういった氏神や産土神をまつる祭祀に基づき、
大陸文化の影響もあって、やがて全国各地に神社が建てられます。

また、仏教が伝来されることによって、
社殿や神像が造られてゆくのですが、
次第に神道と仏教は融合してゆくことになります。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑮日蓮宗の教え

【日蓮宗の教え】

法華経では、この世に現れた釈尊は仮の姿であり、
真実の姿は大昔から成仏している不滅の仏である(久遠実成)とされ、
仏に寄せて人間の生命の不滅が説かれています。

日蓮宗はこの法華経(妙法蓮華経の略)をよりどころとしており、
法華宗とも称されていたのはそのためです。

法華経は、既に最澄によって伝えられていましたが、
密教や禅をも取り入れた総合仏教としての天台宗が、
深遠な哲理を追求する学問仏教に偏る傾向があるのに対し、
日蓮宗は、「南無妙法蓮華経」という題目を唱え、
それを受持すれば功徳があるという教えです。

日蓮は「教」「機」「時」「国」「序」という5つの面から、
法華経こそが我々を救うことを示し、8万4千といわれる経典の中で、
これこそ末法の世の人々を救済する予言書であるとしました。

また、本門と呼ばれる法華経の後半を、
「本門の本尊」「本門の題目」「本門の戒壇」
という三大秘宝として説き、
題目を唱える重要性を打ち出しています。

日蓮によれば、名は体を表すというように、
妙法蓮華経という題目には法華経の奥深い教えが集約されており、
逆に言えばその題目を解釈して6万9364字の法華経があるわけです。

題目は法華経を内包しているのであって、この題目を唱えれば、
わたしたちと仏とは心が交流するのであり(感応道交)、
この身が、そのまま仏になる、そう日蓮聖人は説いているのです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑭日蓮宗の歴史

【日蓮宗の歴史】

16歳で出家した日蓮は、
多くの典籍と高僧を求めて
19歳の時に比叡山に上がります。

当時の天台宗では密教が盛んであり、
まだ法然による浄土宗が影響を色濃くさせる中、
日蓮は10年以上にわたる研鑽を積み、
法華経こそが経典の中の経典であるとの確信を得て、
比叡山を下ります。

日蓮はやがて、鎌倉の松葉谷に草庵を結び、
法華経の行者としての自覚を高めます。

当時の鎌倉は災害が頻発するなど騒然としており、
そうした惨状を前にした日蓮は、
日本のあるべき姿を提言した『立正安国論』を著しました。

そこでは浄土宗が厳しく批判されていたため、
浄土宗の僧侶や信徒に草庵を襲われ(松葉谷の法難)、
伊豆に流されます(伊豆流罪)。

三年を経て赦免された後も、
帰省した際に襲われ(小松原の法難)、
蒙古襲来の時にも領内鎮圧のため、
不穏分子としてあやうく斬首されかけ(龍口の法難)、
さらに再び僻地にながされます(佐渡流罪)。

こうした様々な困難に遭遇しながらも、
日蓮はますます法華経をよりどころとして布教に努め、
流罪が赦された後は身延山に身を寄せます。

やがて老境に入ると体調を崩し、
湯治のために温泉に向かう途中、
61年の波乱に富んだ生涯を閉じます。

日蓮聖人が病の床で本弟子として指定したのが、
日昭、日朗、日興、日向、日頂、日持で、
彼らは六老僧と呼ばれています。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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宗教豆知識『仏教』⑬浄土真宗の教え

【浄土真宗の教え】

初期の仏教は、成仏するために様々な修行が求められていました。

様々な戒律を守り、経典を研鑽するという修行は、
日常生活を送るものにとっては難しく、
釈尊の場合は一生涯の修行で仏になることができましたが、
我々のような普通の人間が容易になし得ることではありません。

やがて、庶民の間に仏教が浸透するにつれて、
実践行を通して自力で仏になることへの反省が芽生え、
自分の成し得ることをした上で、
その後は仏の加護と救済にゆだねれば良いのではないか、
という他力思想が生まれてきます。

この他力思想のひとつの現れが、
法然の打ち出した念仏の教えです。

それは、ひたすら「南無阿弥陀仏」と唱えて
阿弥陀仏の他力にすがるというものでした。

しかしこの浄土宗とて、念仏を唱えるという
自力の行は認めていたのです。

これに対して、念仏を唱えること
それ自体が既に阿弥陀仏の他力によるのだという、
「絶対他力」の教えを説いたのが親鸞です。

法然の念仏では、わたしたちが阿弥陀仏の
救済を願うことが求められていましたが、
親鸞によれば、念仏は自分の意志によるものというより、
自然に口からほとばしるものであり、成仏を願っているのは
むしろ阿弥陀如来だとされています(絶対他力の本願)。

自力を捨て、こうした本願を信じ、
いかなる者も見捨てずに救済する阿弥陀仏の慈悲を前にして、
思わず口について出る報恩感謝のしるし、
それが親鸞聖人の説く念仏なのです。

霊園ガイド(六月書房発行)より

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