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社長ブログ 2010年5月アーカイブ
お墓の形の移り変わり⑧霊園形式の墓地の誕生
その建墓需要をまかなうことができないほどで、
戦後の新しい考え方をもつ多くの人は、
寺院との関わりを否定して、
自由度の高い公園型民営霊園に
その墓所を求めるようになりました。
一方、こうした建墓需要に応えるように、
昭和30年代後半からは、続々と民営霊園の開設が始まりました。
また国の方針としても「墓地計画標準」を作成し、
地方自治体が造成する霊園に対して
補助金を拠出する制度を設けたこともあって、
地方自治体による公営霊園の開設も全国的な広がりを見せました。
このように霊園形式の墓所の誕生が相次ぐようになると、
お墓の形においても、より自由な形態のものが
見られるようになってきました。
何より、新民法下で核家族化の進むなかでは、
一族のお墓という意識から、一家のお墓へと変化し、
いわゆる分家初代のお墓ということから、
お墓の持つ意味合いが軽いものとなりました。
お墓のあり方、形の変化に対する抵抗がなくなり、
より変化が容易なものとなったのも、
戦後の時代の象徴といえるでしょう。
/////////////////つづく/////////////////
※思いのこもる美しい墓(株式会社六月書房発行)参照
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(第一石材) 2010年5月31日 14:17 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり⑦戦後という大変革期
日本固有の伝統文化、精神構造、
そして日々の生活にいたるまで、
大きな変化を見せることになります。
新民法の下、自由平等の精神は、
旧来の抑圧されていたものを取り払い、
全く新しい日本がスタートしたともいえます。
多くのことに対して、
この変化が良かったのかどうかは不問として、
お墓にかかわることについて考えてみますと、
新民法によって家長制度が廃止され、
相続についてもすべての兄弟が姉妹が平等となり、
ここに家意識は薄らぎ、
家そのものの崩壊を見ることとなります。
その結果として夫婦子供単位の
核家族化現象が顕著となり、
家の崩壊によって慣習として存続していた、
寺と家をつなぐ檀家制度も揺らぎ、
寺院離れ、宗教への希薄化が進むことになります。
こうした社会状況の中で、戦後の高度成長期を迎え、
物質優先の傾向は一層強いものとなってきました。
この状況下でお墓というものを考えてみると、
戦後の高度経済成長によって豊かな国となりつつある中で、
遺骨がありながらお墓を建てるまでにいたらなかった潜在建墓需要が、
首都圏に端を発し急速に表面化してきました。
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(第一石材) 2010年5月29日 10:55 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり⑥洋型横型墓石の出現
洋型墓石も抵抗なく受け入れる下地ができ、
従来の和型三段墓にあきたりない層が、
進んで洋型横型墓石を建墓するようになりました。
また横型の洋型墓石は、その安定感が好まれて、抵抗なく受け入れられたということもあります。
今日の視点で見ると、横型の洋型墓石ではありますが、
上台石や、中には下台石までも備えられていて、
日本的アレンジを感じさせる洋型墓石ということがいえます。
だが、この流れはゆるやかな変化を示しながら、
次に迎える大きな変革まで続くこととなります。
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(第一石材) 2010年5月24日 16:46 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり⑤大正デモクラシーの中での変化
猛進した明治時代が終わって、
大正時代になると、
一部の限られた人々といえども、
欧米との人的交流も深まり、
文化、芸術といった面でも
大きな影響を受けることになります。
今日の洋型墓石の原型である
横型墓石が出現してくることになります。
これらの洋型墓石は、
貿易商などとして来日していた欧米人の死によって、
母国の様式に従ってお墓を建てたり、
欧米を訪ねた日本人が、
その国のお墓を模して
建墓するといったことから始まった。
自由民権思想の中での大正デモクラシーは、
お墓の世界にも自由な雰囲気を生むことになります。
このような中、大正12年に
東京・府中に日本初の西欧の霊園を模した、
大規模な公園型霊園である多摩墓地(多磨霊園)が開園します。
多磨墓地は総面積128万平方メートルもあり、
天然林や原野を利用した広大なもので、
遠路幅も10メートル〜18メートルと
ゆったりとした設計になっています。
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(第一石材) 2010年5月23日 09:21 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり④神道の墓石
青山霊園、雑司ヶ谷墓地、染井墓地は、
旧来の寺院墓地に比べ規模の大きなもので、
広々とした敷地に整然と区画された墓域は、
今日の霊園の形態に通じるものがあるが、
お墓は保守的な傾向が強く、
墓所形態が霊園風のものになったといえども、
青山霊園、雑司ヶ谷墓地、染井墓地の情景を今日に見ても、
寺院墓地としての雰囲気を色濃く感じさせるものがあります。
当時の古いお墓を見ると、仏教徒のお墓と神道のお墓は若干その形に変化がある(神道型の墓石は棹石が細長く、頂頭部が四角錐の形をしている)ものの、三段の和型墓石の形を踏襲していることは明らかであります。
こうした新しい墓地のあり方、
仏教・神道のお墓の形の混在が、
現在のデザイン墓石への胎動期と見ることができます。
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(第一石材) 2010年5月21日 10:44 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり③大きな変革期となった明治時代
歴史的にみても大きな変革期であります。
また、お墓を取り巻く環境においても、
大きな変革期となっています。
ある意味で、今日のデザイン墓石へと
移行するうえでの胎動期ともいえるでしょう。
中央集権国家をつくることが、
近代化の第一歩だと考えました。
そして藩を廃止し群県政へと移行し、
国家として精神的根幹をなすものとして、
神道による国づくりを目指すことになります。
このことから、旧幕時代に寺院の果たしてきた
寺請制度を通じた人別帳の制度を新政府が担うこととなり、
寺院と檀家の関係も揺らぎ、かつ国家神道という立場からも、
すべての墓所を寺院に任せることは、
宗教的な観点からも矛盾が生じることになります。
そこで新政府は寺院を離れ、
神道墓地を造る必要にせまられることになります。
そして明治5年、東京に青山霊園、
雑司ヶ谷墓地、染井墓地が造成され、
寺院に属さない神道のための墓地として開園させました。
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(第一石材) 2010年5月20日 10:52 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり②和型墓石の原型の誕生
寺として建立された境内に墓地が造られたりと、
庶民の間でも仏教への信仰が深まるにつれ、
寺とお墓の関係はより親密なものとなり、
やがては檀家制度が確立することになります。
今日に伝わる和型の三段墓は、
この江戸中期の頃に出現したといわれていて、
その形は福禄寿信仰からきているともいわれ、
上から、棹石(=寿石)、上台(=禄石)、中台(=福石)と呼ばれ、
天・人・地をそれぞれの石にあてはめています。
棹石、上台石、下台石の三段の構成は同じであるが、
三段の石の大きさ、バランスはそれぞれ異なっており、
その後、300年の歴史の中で、
今日のような普遍的でバランスのとれた
和型墓石が生まれてきたといえます。
この頃より庶民の間にも
お墓を建てることが浸透してきたとはいえ、
すべての人がお墓を建てられたわけではなく、
庶民といえども、お墓は富と権力の象徴でした。
誰もが自由に、希望通りの
お墓を建てることができるようになったのは、
はるか後のことであります。
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(第一石材) 2010年5月19日 11:42 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
お墓の形の移り変わり①お墓の出現
古くはネアンデルタール人の遺跡からも、
花を捧げ死者を葬送したものが発見されています。
日本でも縄文・弥生時代には甕棺(かめかん)墓と呼ばれる、
しかし、甕棺墓という表現ではありますが、
これらは遺体を埋葬するという意味合いが強く、
今日の故人を祀るお墓という意味とは
少し異なると考えるべきでしょう。
お墓と呼べるものが出現したのは
古墳時代になってからといえるでしょう。
しかし古墳時代に数多く造営された墳墓(ふんぼ)は、
天皇や権力者のものが大半で、
一般人の場合は、山腹に造られた横穴など、
共同墓地的なものがほとんどです。
仏教が伝来し、やがて貴族の中にも仏教が浸透すると、
在来の信仰とも混合され、葬送儀礼とも結びついて、
仏教の影響を強く感じさせるお墓が誕生してきました。
鎌倉時代になると、武士階級には五輪塔型、
宝篋印(ほうきょういん)塔型の墓石や、
塔姿(とうば)を模した石板塔姿の墓標が多く見られるようになります。
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(第一石材) 2010年5月18日 11:46 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
墓石用石材の変遷⑤最終話「オリジナル墓石の普及と石種」
石目が均一で、ねばりがあり、
磨くと光沢の美しい石が良いとされてきました。
しかし、近年の洋風霊園の誕生にともなって、
洋型墓石やオリジナルデザイン墓石が好まれ普及してくると、
従来は墓石として不適とされていたカラフルな石目の石や、
大きな流れの石目を持った石を、
あえて洋型墓石やオリジナルデザイン墓石に
使用されるようになってきました。
石碑も従来の御影石と呼ばれる
花崗岩や安山岩だけではなく、
風化が早いといわれる砂岩や
大理石などもあえて好んで使用され、
墓石材、建築材といったカテゴリーを越えた石が使用されています。
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(第一石材) 2010年5月17日 10:17 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
墓石用石材の変遷④「中国に集まる世界の石」
墓石においても、一部の高級国産原石や、
特殊加工の場合を除いて、ほとんどが
人件費の安い中国で加工され輸入されているのが現状です。
霊園ブームの当初の頃は、
世界中から原石を輸入して国内で墓石に加工していたが、
今日では世界中の原石が中国に集まるようになり、
世界中の石が中国で墓石として加工されています。
現在では、もはや中国を抜きに
墓石加工は語れない状況となっています。
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(第一石材) 2010年5月16日 16:55 | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)
